会社員として働く傍ら、自動販売機の写真を1万枚以上撮り続けている自動販売機マニアの石田健三郎。様々なメディアやSNSを通じて、自動販売機の魅力を発信している彼が、数多くの自動販売機を見て、触れて、感じたことを語る。自動販売機の魅力は、身近にあるからこそ気付かないだけで実はたくさんあるのです。

 

きっかけは友人のひと言

自動販売機に興味を持ったのは大学時代。ポーランドから来日中の友人のひと言がきっかけでした。「どうして日本は街中に自動販売機が溢れているのか?」。投げかけられた疑問に、答えることができませんでした。当時、日本の文化を研究するゼミに所属していた私は、友人の言葉を思い出し「自動販売機は日本独自の文化なのではないか?」と考え、卒業論文のテーマとして取り上げました。


あれから15年。これまで1万枚以上の写真を撮り続け、メディア出演やSNSを通じて自動販売機の魅力を発信し続けています。活動をしていく中で、よく「自動販売機の魅力とは?」と問われることがあります。自動販売機を取り巻く森羅万象すべてを愛しているため、この質問の回答にはいつも苦労をするのですが、やっぱり「自動販売機ってやさしいんです」。これに尽きるのではないかと考えます。

 

自動販売機は「やさしい」

自動販売機のやさしさとはすなわち、ユーザーに対するおもてなしの心です。具体例を見てみましょう。


例えば炭酸飲料。購入した際に「ガシャコン!」という大きな音とともに落ちてくる割には、開栓しても炭酸が噴き出すことはないと思います。実は自販機の商品は上から垂直に落下するのではなく、蛇腹状に落とすことによってスピードを落としつつ衝撃を分散させています。その後はクッション性のある斜面を転がり搬出されるわけですが、最後にもう一工夫。取り出し口の奥に銀色の扉があるのをご存じでしょうか? 実はあの部分で商品を受け止め、衝撃を吸収して手元に届きます。海外の自販機では「そもそも商品が出てこない」「破損して出てくる」などのトラブルが日常茶飯事です。それと比較すると、日本の自動販売機がどれだけ「やさしい」のか、ご理解いただけると思います。


至るところに「やさしい」機能が溢れている。

また、日本の自動販売機はインバウンドの方にも人気なのですが、試しに買ってみたくてもどれだけの硬貨を投入すればよいのか分からなくて断念…というケースがあります。そんな場面に備え、ご覧のように硬貨の使い方をイラストで示す自販機が増えています。近年はタッチパネル式で多言語対応の自動販売機も登場しており、まさに外国人の方にとっても「やさしい」といえます。


近年の自動販売機は、ユーザーだけでなく地球にもやさしい。

さらに、飲料を購入すると飲み口が左を向いて出てくるケースが多いです。理由は、日本人は右利きが多いため、右手で商品を掴んで持ち上げた時に飲み口が上に向くようになっているのだとか。これは自動販売機の構造上そうなっているのではなく、補充する方が意識をして投入してくださっているとのこと。これもまさに補充する方の「やさしさ」といえます。

 

ボタンの押し方ですべてが決まる

このように、とにかくやさしい日本の自動販売機。これだけおもてなしをしてもらっている以上、我々ユーザサイドも自動販売機に対して愛を持って接しなければなりません。例えば、自動販売機で飲料を購入する際、何気なくボタンを押す方が大半だと思います。ですが、少し立ち止まって考えてほしいのです。ボタンを押すという行為がどれだけ重要であるのかを。


実は、我々と自動販売機が最初に触れ合うのはこのボタンを押すという行為。つまり、人間でいえば「握手」または「ハグ」に該当する動作となります。ここで失敗をしてしまうと後々の関係性にも響いてくる、非常に重要なプロセスとなります。したがって、私はボタンを押下するまでには以下のルーティンを厳守しています。

① 自動販売機の正面に立ち、商品のラインナップや売切を見ながら性格を把握
② 購入すべき商品を決定し、距離感を最終調整(目安はボタン押下時に肘の内角が150°になるイメージ)
③ 右手中指と薬指の2本で押下

ボタンがうまく押せたなと思えたらしめたもの。その自動販売機と仲良くなれた証拠です。

余談ですが、自動販売機のボタンは機種によって異なります。私のおすすめはJR東日本の駅ナカに設置されている「acure」の自動販売機の丸型ボタン(VM161 series)。価格表示が大きくて見やすく、ホット/コールドが一目でわかる点が非常に「やさしい」のですが、最大の特徴は「ボタンの押し心地」。押下した際にプチプチっと2回、奥に押し込まれる感覚を味わえます。これが「これからこの商品が出てくるのだな」「どんな落下音を聞かせてくれるのだろう」というワクワク感を増幅させてくれます。


様々な人が行き交う駅ナカだからこそ、幅広いニーズに寄り添ってくれる懐の深さ。

 

世界に誇るべきジャパニーズカルチャー

我々日本人にとって、自動販売機は当たり前の存在になってしまいました。街を歩けばすぐに見つかりますし、気分によって温かい飲み物も冷たい飲み物も買えます。時には「おつかれさまでした」と声をかけてくれる自動販売機まであります。でも、それは世界的に見ると極めて珍しいモノ。こんなに便利で「やさしい」友人に囲まれていることを、私たちは日々、感謝しながら生活していくべきなのです。この場を借りて改めて言わせください。「ありがとう、自動販売機」と。


私には、見てみたい景色があります。それは、自動販売機がクールジャパンの代表格として広く認知された世界です。多種多様な文化や伝統が溢れる日出づる国で、その地位を確立するのは容易ではありません。しかし、必ずや達成できる時が来ると信じて、私はこれからも自動販売機の魅力を発信し続けていきます。
「ニッポンといえば自動販売機」と言われるようになる、その日まで。