マンホールの蓋……私は生まれてから今まで、じっくりと観察したことなどないかもしれない。趣味嗜好になり得る、あらゆる娯楽が溢れる世の中で、マンホールの蓋を探し歩き、マンホールの蓋起点で色々な物事を面白がり続けている、鉄蓋観賞愛好家・白浜公平。

今回の記事では、マンホールの蓋が好きな白浜氏が自己に問いかける形式でマンホール愛に迫る。

 

「マンホールの蓋」の面白さとは?

「やあ!久しぶり」
「本当に久しぶり!」
「学生の頃に発明コンテストで賞を頂いたとき以来だね」
「もうそんなになるのか」
「あの頃は天文学者を目指していたからよく空を見てたけど、最近は下ばかりを見ているよ」
「マンホールの蓋を探してあちこち歩いているんだってね。何がそんなに面白いの?」
「まず知らない街を歩くのが面白い。マンホールの蓋は全国統一の規格で造られているので、知らない街で見つけると古くからの友人に逢ったような気持ちにもなれるよ」
「全国で同じものなのに、わざわざ見に行くのかい?」
「同じ規格でも時代による違いや地域性はあるし、その土地ならではのものが描かれたものもあるんだ」
「ご当地デザインマンホールってやつかい?そういえば何かで聞いたことがあるな」
「そう。ご当地デザインマンホールには風景や名産品が描かれていることも多いんだけど、蓋にデザインしちゃうほどに一押しのものであることが多いので、実際にその場所まで行ったり食べてみたりすると、間違いなく楽しめるんだ」
「知らない街でもマンホールの蓋を起点に観光することもできるんだね」
「そんなふうに綺麗なデザインの蓋を探したり見に行ったりするのも楽しいし、まだ誰も見つけていないような珍しい蓋を探すのも楽しいよ」
「珍しい蓋?」
「そう、例えば100年近く前に設置されて、その後忘れ去られたり管理者が不明だったりで、撤去もされずに残っているような蓋とかだね」
「そんなものがあるんだ。まるで宝探しだね」
「見つけるだけでなく、分類したりデザインの由来を調べたり、正体が不明な場合はその謎を突き止めたりするのも面白いよ」

 

大阪・関西万博機運醸成デザインマンホール(大阪市)

「見て歩き回るだけではないんだね」
「その通り!ただ最近は、人生がマンホールの蓋に振り回されているような気もしているんだ」
「どういうこと?」
「例えばバスや電車に乗っていても、車窓から怪しい蓋が見えたらすぐに降りて戻らずにはいられないし、蓋の資料を漁っていたら夜が明けていたりすることもよくあるし、これは本当に楽しくてやっているのかと自問自答することもあるよ」
「それはもはや『業』だね」
「前世に何をやらかしたんだろうね」

 

幻の鉄道会社のマンホール蓋を追い求めて

「何か面白いエピソードはあるかい?」
「そうだね。幻の鉄道にまつわる蓋の話があるよ」
「幻の鉄道?」
「『光明電気鉄道』という、昭和の初めにたった6年半の間だけ営業していたという鉄道のことで、そのマンホールの蓋の話だよ」
「鉄道にもマンホールの蓋があるんだね」
「マンホールというとまず下水道が思い浮かぶと思うけど、それ以外にも上水道や電気・電話・ガス・基準点などなど、地下に設備があるものには大抵その蓋があるね」
「なるほど。それでその幻の鉄道の蓋とは?」
「静岡県の磐田市へ行ったときに、磐田駅のすぐそばでたまたま見つけた蓋なんだけど、まず外観が普通でなかった」
「普通でなかった?」
「マンホールの蓋の模様はだいたい幾つかのパターンに分類することができるのだけど、その分類に当てはまらない、なんと言うか異様な感じだったんだ」
「蓋の模様なんか気にしない人が見たら、きっと気が付かないだろうね」

 

光明電気鉄道の蓋(静岡県磐田市)

「一目見てこれは普通ではないとピンときたのだけど、その蓋の正体がなかなかわからなかったんだ」
「真ん中に何かの紋章が入っているね」
「磐田市のこの辺りは以前『中泉町』という自治体だったのだけど、その紋章でもなさそうで、仕方がないから郷土資料なんかを色々と探して、『光明電気鉄道』という鉄道があったことを知ったんだ」
「でもこの蓋がその『光明電気鉄道』の蓋であるとは限らないよね?」
「真ん中の紋章をよく見ると、外側の部分が『光明』と読めるよね。内側の部分は『レールの断面』と『稲妻』から構成されていて、これは他の鉄道会社の紋章にもよく使われるデザインなんだ」
「その辺りの知識もマンホールの蓋から得たの?」
「そう。おかげで企業だけでなく自治体や団体の紋章にも詳しくなった」

 

光明電気鉄道の紋章

「それで『光明電気鉄道』の紋章だと判断したわけだ」
「この時点では断定できなかったんだけど、静岡ローカルのテレビ番組に出演させていただいた際に『磐田市埋蔵文化財センター』というところに連れて行ってもらって、そこにあった写真に同じデザイン構成の紋章が写っていたんだ」
「へえ、テレビに出たんだね」
「縁あってその後も幾つかのテレビ番組に出演させていただいているけど、この時が最初だったかな」
「君が見つけるまで、誰も気付いていなかったの?」
「埋蔵文化財センターの方も知らなかったそうなので、恐らくは」
「大発見だったね」
「その後駅前の再開発が始まって、この蓋は撤去されてしまったのだけど、廃棄はされずに埋蔵文化財センターに収蔵されたというニュースがあったんだ」
「マンホールの蓋が文化財として収蔵されるなんて、珍しいね」
「そうだね。僕らが貴重だと思う蓋でも、大抵の場合は廃材として二束三文で引き取られて、ただの鉄として再利用されることが多いんだ」
「反響はあったのかい?」
「『マツコの知らない世界』という番組に出演させていただいたときに、『自分で発見して正体を突き止め、それがきっかけで文化財として保管された蓋』だと紹介したことがあったんだけど、、、」
「言い切ったね」
「そう、保管された経緯を確認せずに言ってしまったので、後で怒られるかと少し不安になったんだ」
「それで?」
「気になったので、数年後に個人で埋蔵文化財センターへ取材をしに行ったよ」

 

磐田市埋蔵文化財センターで再会した光明電気鉄道の蓋

「怒られたかい?」
「いや、『マツコの知らない世界で紹介されました!!』という説明書きまでつけて展示をしたこともあったそうで、埋蔵文化財センターでも3本の指に入るくらいの反響もあったのだとか。収蔵のきっかけも僕の報告で間違いなく、職員の方が各方面と連携して無事に収蔵できたみたいだよ」
「よかったね」
「あわせて設置場所の地下の調査も行われたそうで、撤去直前には雨水の排水路の蓋として利用されていたんだとか。設置当初から排水路として使われていたのかどうかまでは確認できなかったそうだけど」
「すべての謎が解けたわけではないけれど、大部分は解明されて、収まるべきところに収まったという感じだね」
「本当に。人知れず歴史の舞台から消えてしまっていたかもしれないと思うと、感慨深いね」

 

楽しみ方は人それぞれ

足利学校の学校門で「ご本人登場」(栃木県足利市)


「発見して調査したり、報告して収蔵してもらったり、かなり敷居の高い趣味のようにも聞こえたけど」
「そんなことはなくて、この趣味の楽しみ方は人それぞれ、とても間口の広い趣味だよ」
「マンホールだけに間口が広い?」
「華やかなデザインに癒されるもよし、歴史を探求するもよし、機能や技術を追いかけるのもよし。いろいろな楽しみ方があるんだ」
「写真を撮って並べてみるだけでも面白そうだね」
「写真の撮り方も色々あって、工夫して撮影してみるのも面白いよ」
「写真の撮り方?」
「例えば、蓋にデザインされているものとその蓋とを同じ画角に収める『ご本人登場』という撮り方があるよ」
「ものまねをしているコロッケの後ろに美川憲一が現れるようなイメージかな?」
「そうそう。他にも蓋の周辺に生えた草や苔をクローズアップする『蓋庭』とか、敢えて照り返しを狙って撮る『ギラリ』なんて撮影方法もあるよ」
「マンホールの蓋で映える写真も狙えそうだね」

 

蓋庭(埼玉県川口市、リボンシティ:サッポロビール工場跡地)

 

始めるなら今!ハマるなら今!

「話は変わるけど、平成の大合併って覚えてる?」
「国の主導で平成の中頃に起きた全国的な市町村合併の動きのことだね。マンホールの蓋と何か関係があるの?」
「平成の大合併で約3200あった自治体の数が、凡そ半分の約1700まで減ったのだけど、マンホール蓋のデザインの種類もそれにあわせて減少しているんだ」
「減るといっても突然なくなるわけではないんだろ?」
「それはそうなんだけど、マンホール蓋の寿命は、歩道で30年、車道で15年とされていて、意外と短いんだ」

 

平成の大合併でさいたま市になった旧大宮市の蓋


「とすると、平成の大合併で消滅した自治体の蓋もそろそろ交換時期に入っていると?」
「その通り!普段目にしていた蓋が、突然無くなってしまうこともあるんだ」
「全部保管してとは言えないけど、せめて記録には残しておきたいね」
「というわけで、今回言っておきたいことは、『始めるなら今!ハマるなら今!』ということだね」
「マンホールだけに、奥が深くて、ハマりやすそうな趣味だね」
「よい落ちが付いたところで、今日はこの辺で」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」